東本願寺と西本願寺

今日は京都に来ているので、久しぶりに東本願寺西本願寺に行ってきました。

両方とも親鸞聖人を開祖とする浄土真宗のお寺で、徒歩で移動できるくらいの距離に建っているのですが、
東本願寺は真宗大谷派、西本願寺は本願寺派と別々の派閥のお寺になります。

元々は、一つの本願寺だったのですが、諸々の理由で、東と西に分かれてしまったようです。
それについては、あとで簡単に説明します。

まずは、参拝の際に撮った写真をアップしておきます。

 

東本願寺へ

まずは、東本願寺からです。

こちらの御影堂門という門からのお参りになります。
東本願寺 御影堂門
御影堂門はかなり大きな門なので全体を撮るのが大変でしたが、何とか撮影することが出来ました!

最初に手水舎でお清めを行ったのですが、そこにいらっしゃった龍がとても迫力があったので、
単焦点レンズに交換して1枚撮ってみました。
手水舎の龍
結構いい感じで撮れたので、自信の1枚です!

で、こちらは御影堂です。
東本願寺 御影堂

斜めからも撮ってみました。

東本願寺 斜めからの御影堂

次は、阿弥陀堂の写真です。
東本願寺 阿弥陀堂

御影堂阿弥陀堂渡り廊下でつながっていて、歩いて行き来することが出来ます。
東本願寺 渡り廊下

東本願寺は、御影堂阿弥陀堂のどちらからでも上がれるので、
お参りされる方は、ぜひ渡り廊下を使って端から端まで歩いてみてください。

東本願寺の境内からは京都タワーも見えます。
境内から見た京都タワー
こんな感じでお堂と京都タワーをセットで写真を撮るのも楽しいですね。

 

西本願寺へ

次は、西本願寺へ参拝です。
西本願寺へは、東本願寺から徒歩での移動です。

西本願寺へは、こちらの大きな御影堂門からお参りしました。
西本願寺 御影堂門

国宝の阿弥陀堂です。
西本願寺 阿弥陀堂

こちらも、国宝の御影堂です。
西本願寺 御影堂

西本願寺も、阿弥陀堂御影堂が渡り廊下でつながっていて、お互いに行き来することが出来ます。
こちらのお寺も、ぜひお堂に上がってゆっくりと端から端まで歩いてみてください。

こちらは、京都市の天然記念物にも指定されている有名な大銀杏(オオイチョウ)の木です。
西本願寺 大銀杏(オオイチョウ)

逆さ銀杏」とも呼ばれる樹齢約400年の銀杏の木で、
本願寺が火災に見舞われた際に、この銀杏の木から水が噴き出されて火事を消し止めたと言われています。

もちろん、あくまで伝説ですが。

こちらは、唐門です。
西本願寺 唐門

こちらも国宝に指定されている有名な門です。

因みに、お寺の前の大通り(堀川通り)を挟んで、向かい側にあるのが総門です。
西本願寺 総門
本来は、総門からお参りした方がいいのかもしれないですね。

 

御朱印

久しぶりの本願寺でしたが、いつ来ても迫力があり、楽しかったです。

参拝の後は、御朱印を頂いてから帰りたかったのですが、
調べたところ、東本願寺も西本願寺も御朱印を行っていないとアナウンスされていました。
※代わりに、「記念スタンプ」が置かれているので、参拝の記念にそちらを押すことができます。

それにしても、御朱印の扱いは、頂く方にとっても難しものですね。

御朱印自体を特別な意味を持ったものとして扱われる方も多いです。
が、以前、あるお寺に参拝した際には、御朱印は、特別な力を備わったものではなく、あくまで参拝した証と教わりました。

また、神社とお寺の御朱印を同じ御朱印帳に頂くのは良くないと言われる方もいらっしゃるようですし、
あるお寺で聞いてみたところ、「私は同じでも問題ないと思いますよ」と言われていました。
※いろいろな考え方の方がいらっしゃるので、私自身は分けるようにしています。

せっかく頂いたものなので、私は大事に保管していますが、
私自身は、どちらかと言えば、参拝の証として頂いている感覚です。

 

東本願寺と西本願寺の2大派閥

本願寺は浄土真宗のお寺ですが、
東本願寺は真宗大谷派西本願寺は本願寺派のお寺になります。

どうして、こんな近距離で西と東に分かれているのか?
というと、戦国時代の石山戦争にまで遡(さかのぼ)ることになります。

石山戦争と言えば、織田信長本願寺が戦った有名な戦争です。
石山戦争については、歴史の教科書にも出てくるので、皆さん習ったことがあると思います。
※当時、本願寺は大阪にあり、石山本願寺と名乗っていました。

この石山戦争は結構な期間(10年くらい?)続いたそうで、最後は、信長サイドが和睦を申し出ました。

最終的には石山本願寺も和睦に応じたのですが、
この時、和睦に応じた和睦派と、和睦に反対した抗戦派の派閥に分かれてしまいました。

ただ、この時点では、まだ本願寺は東と西に分かれていなかったのですが、
両派閥間でわだかまりやら何やらが残っていて、ごにょごにょといろいろ揉めていたらしいです。

で、結局、本願寺の勢力にビビっていた徳川家康の悪知恵で抗戦派だった連中が独立して誕生したのが東本願寺です。
家康は本願寺を分断させることで、勢力を削ぎたかったみたいですね。

こうして、真宗大谷派東本願寺本願寺派西本願寺に分かれてしまったようです。

 

あと、ついでと言っては何ですが、
浄土真宗の開祖親鸞聖人は、清水寺の近くにある大谷本廟(おおたにほんびょう)に埋葬されています。
※入り口は、五条坂側にあります。

大谷本廟についての紹介は今回は止めておきますが、
こちらもおすすめのスポットなので、清水寺へ行かれる方は、大谷本廟にも行かれることをおすすめします。

京都駅から清水寺へバスで向かわれる場合には、「五条坂」というバス停で下車されると思うので、
大谷本廟清水寺という経路がおすすめです。

 

最後に

東本願寺も西本願寺も京都駅から歩いて行ける距離にあります。

京都駅の周辺はとても発展した街です。
そんな駅からこんなにも近くにこれだけの規模のお寺があるというのは、京都ならではですね。

また、再訪したいです!

因みに、少しでも歩きたくないという方は、
地下鉄の五条駅からだと東本願寺へは歩いて数分です。
もしくは、バスであれば、東本願寺へも西本願寺へもバスが出ています。